楽しい子育て孫育て〜小林正観さんの子育て観
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    書店で発売されていない小林正観さんの著書に『天才たちの共通項』がある。
    天才たちの共通項 -子育てしない子育て論 〜笑顔と元気の玉手箱シリーズ3〜 
    「天才」と呼ばれた人には共通項として「同じタイプの母親がいた」という事実を10数人の‘天才’の子育て状況から読み解く力作。

    娘が生まれる前にこの本を読み、自分に子どもが生まれたらこのように育てようと心に誓ったことを思い出す。その後、正観さんの講演テープを何度も聴いたりして、正観さんの子育て論を身に沁み込ませた。

    最近出た正観さんの新刊のテーマが子育てだった。講演ですでに聞いた話題が多かったが、活字で読むと改めて気づくことが多い。

    ぼく自身の子育ての仕方をふりかえると、小林正観さんの教えから影響を受けていることに改めて気づく。娘を自分の思いどおりにしようとする気持ちはないし、「あなたはそのままで一番いい」「いつも大好き!」と娘に繰り返し伝えているのは、正観さんの子育て論の影響だ。

    娘がすくすく育っている姿を見るにつけ、正観さんのおかげだなと思う。

    ぼくは娘大好きな溺愛の親バカではあるが、娘が自立するのを好ましく思っていて、娘が親から離れていく日を心待ちにしているところがある。娘の結婚式で号泣する父親、というのはぼくにはないのだろうな、と思っている(今のところは)。

    そうした子育てスタンスは、元からの性分のもあるかもしれないけれど、正観さんの影響が大。子育てで悩みや苦しみを抱いていないのも正観さんのおかげだなー。
    子育ては、けっして難しいことではありません。子育ての本質は「育てない」こと。本当の子育てとは、子育てをしないことらしいのです。子育てをしないと言っても、必要な愛情をかけないとか、養育をしないといった育児放棄(ネグレクト)のことではありません。私の言う「子育てをしない」というのは、子どもを育てていくに際して「この子を自分の思いどおりにしよう」としないことを言います。

    幼い子どもに対する親の反応は、とても大きな影響を持っています。まさに「刷り込み」というものですが、親の示す態度、親の反応の仕方というものを子どもは全部学び、学習していきます。「学び」という言葉の語源は「まねび」から来ています。すべて、どのようなことも、子どもは親のやったとおり、言ったとおりに真似をしていくのです。親の指導のとおり、教育のとおりにしていくのではありません。

    「あたながどういう子どもでもいいの。あなたが大好きですよ」と言われて育った子どもは、ものすごく豊かな情感を持ちながら、少しのことではへこたれず、のびのびと育つようです。

    子どもを思いどおりにしようとしないこと。自分の思いのままに子どもを育てようと思うから、子育てが苦しいものになります。子どもは自分の描いたシナリオ通りに伸びていこうとする、それを親は見守るだけ、応援支援をするだけ。

    親は思いが強ければ強いほど、子どもの邪魔をしているのです。子どもが自由に伸びていこうとする芽を次から次へと摘んでいっている、ということに気が付いてほしいと思います。

    男の子は母親から限りなく愛されていて「僕もお母さんが大好き!」という関係になったら、何でもやってくれるのです。正しいかどうかではなく、その母親が好きかどうかだけです。男と言うのは、そういう意味で「バカ」なのです。

    子どもは、自分では制御できない感情を母親なり父親が制御できているのを見ると、ものすごく尊敬します。その状態を「大人」と言います。逆に感情が制御できていない状態を「子ども」と言うのです。

    同じことをやっている子どもに対して「きのうはニコニコと見守っていた」のに、今日は「気分が悪いから怒る」というのは、子どもの精神が荒れる原因になり、子どもがねじくれる原因にもなります。

    一般的に、優しさとか、思いやりとか、あたたかさとか、愛情というものは学校教育の中ではほとんど評価されることがありません。学校教育が学業重視に偏るのは仕方ないかもしれませんが、家庭のなかではこの偏りを全部捨ててはいかがでしょうか。「学業成績も20%ぐらいは残しておこう」などと思わずに、100%捨ててしまうのです。

    女性はべつに誰かからほめてもらえなくても十分優秀なので自分でやっていけるし、自分で生きていくことができます。男は、ほめてくれる人がいないと全然ヤル気になれないのです。

    「世の中が暗い」とか「家の中がくらい」とか嘆き、その原因を「社会が悪いからだ」「夫(妻)が悪いからだ」と押し付ける。それでは、いつまでたっても何も変わりません。ほかの人はいざ知らず、まずは自分から変わってみませんか。周囲が暗いなら自分が率先して明るくなるのです。私はいつもこう思っています。「世の中を暗いと嘆くより、みずから光って世の中を照らせ」と。

    昔の先生は「君」づえけ、「さん」づけで呼んでいたと思うのですが、最近の学園ドラマなどをみると、どの先生も生徒たちに対して「おまえらなぁ」「おまえたちよぅ」と呼んでいます。そんな状況では生徒が荒れないわけがないと思います。人間の尊厳というものが先生の側に全然ないのですから。
     
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