ほめない子育て
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    汐見先生の講演での語り口も分かりやすいし、育児書で書かれている内容はさらに分かりやすい。汐見先生はたくさんの育児書を出されているが、そのなかでぼくはこの『ほめない子育て』に感銘を受けた。

    「子どもをほめない」という言葉だけ注目すると誤解を生みそうであるが、ほめることでも叱ることも、親が子どもをコントロールするために行わないという禁止令を表している。親の都合のよいように子どもを仕向けるために、おだてたりけなしたりするのを止めよう。

    「子育ては放し飼いで」に、かなりヒットした。実際、企業での人材育成においても手取り足とり教えているうちは若手は育たなくて、放し飼いの状態にしておき自主性を重んじたうえで、要所要所でフィードバックを与えることで人は育っていく。部下に対してなら出来ることなのに、自分の子どもとなると上手く対応できなくなることはあるが、人を育てる基本は同じなのだ。

    ただ、企業での部下育成と同じように、子育てでもマニュアルどおりにいくわけではない。相手の個性やレディネス(成長度合い)によって対応の仕方は異なるので、マニュアルに沿って一律に育てるというわけにはいかないからだ。

    とはいえ、ビジネス書や育児書が役に立たないわけではない。仕事も育児も正解はないが、セオリーはある。セオリーを理解することで、個別に対応するときの応用が効く。

    汐見先生の本は、育児のセオリーを理解するうえで大変に有用だ。本質の深い部分を押さえているのと、育児に正解がないことを例をあげながら繰り返し教えてくれる。




    ほめることはよくないと何度か述べてきましたが、それは決してほめてはいけないという意味ではありません。ある場面ではほめることも必要になってくるでしょう。まったくほめないというのは現実的とはいえません。ここで問題にしているのは、子どもを自分の意志に従わせるためにほめるということを知らず知らずのうちに権力的に使うことを育児の日常にしていることです。

    叱ることとほめることは、どちらも、他者であるお母さんや保護者が子どものやることを上から評価するという点で同じような行為なのです。たとえば、「あら、上手にできたわね、おりこうさん」という言い方は、お母さんが子どもよりも一段高いところに立って、そこから子どもの行動を「今のはいいですよ」とプラスの評価をしたということにほかなりません。逆に、「そんなことしちゃダメじゃないの、本当にあなたは」という言い方は、やはり子どもの上に立ってマイナス評価をしたということです。

    一段高いところからほめたりけなしたりすることは、その意味でお母さんたちにはそのようなつもりがないとしても、実は、さりげなく親という権力を使って子どもをコントロールしていることになるのです。たしかに、子どもはまだ十分ぜなくの判断ができませんし社会のルールもよくわかりません。ですから子どもを育てるときには、さまざまな規制や禁止が必要になります。しかし、その規制や禁止の場合でも、子どものやったことに対して「さっきやったことは上の上だ」「下の上だ」といった感じに与える価値評価をすることは、できるだけ避けたほうがいいと思うのです。

    大事なことは、自分の素直な感情、気持ち、意志などを気づかうことなく表現できるように育てることで、そのために子どもがありのままの自分を「このままでいいんだ」と自分で思えるようにしむけていくことです。そのための方法は、子どもをすぐにほめるのではなく、一定の距離をおいて子どもの様子を眺め、必要に応じてほめてやることだと思うのです。たとえば、子どもが何かの遊びに熱中しているとします。その様子を見ながら「それでいいのよ」とか「そうやって一生けん命やってなさい」というまなざしを送ることが大切なのです。

    こうしたことをすべて取り入れた育児というものを考えてみますと、子どもに刺激を与え、子どもの熱中できる環境をととのえて、そのなかで存分に自由に活動させてやるというイメージが浮かび上がってきます。それをひとことで、ここでは「放し飼い」の状態にすると言っておきます。

     「子どもは放っておいても育つ」「親はなくとも子は育つ」というのは昔の話しです。現在ではそういうわけにはいきません。「大人がいなくては子どもは育たない」というのがげんじょうです。子ども取り巻く環境がある意味では貧しくなっているので、家庭での育て方が、子どもの育ちにとても大きな影響力をもつようになってきたのです。

    昔の親にしても、それほど上手に子育てをしていたわけではないでしょう。ただ、昔は地域社会の影響力が大きかったので、個々の家庭の育て方に多少の差があったとしても結果的に、ある基本的な部分ではそれぞれの子どもは平準化されました。しかし、今はお母さん、お父さんの育て方が子どもをダイレクトに決めてしまう確率がうんと高くなってきたわけです。親が不必要に子どもに干渉したり放棄気味になれば、どこかマイナスを背負って成長する可能性が高くなり、親がうまく子育てをすれば子どもはすくすく育つ可能性が大きくなるのです。このとこは、お母さん、お父さんにとっては大きなプレッシャーです。

    最近になってようやく父親の育児参加が叫ばれ始めるようになってきました。その重要なきっかけは、1980年代になっていじめや不登校の問題が社会的にクローズアップされるようになったことです。いじめや不登校などの問題をかかえている子どもたちの生育史を専門家が分析していくと、そこに父親の存在がまったく見えないことが多いといことが明らかになってきたからです。

    何よりもまずお母さん、お父さんは「子育ては育児書どおりではない」ということと「きょうだい一人ひとりはみな違う」ということ。このことをしっかり肝に銘じておく必要があります。決して親の思うとおりにしようとしないことです。そして子どもが幼ければ幼いほど、目の前にいる子どもの欲求やペースに合わせることです。おっとり型の子どもにはゆったりと対応し、せっかちな型の子どもにはこちらもテンポよく対応するのです。

    親が子どもに合わせることで、子どもの個性を殺さずにすみます。そして、子どもはその個性を伸ばしながら、ゆっくりと周りに合わせることを覚えていくようになるのです。子どもの個性をつぶして相手に無理やり合わせようとすると、あとで大きな破綻が起きるということです。




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